「あの鳥がたつまで」 抜粋


 放課後、弱い日差しの中を渡り、道場へ向かう。刺さるような暑さではなかったが、湿気で蒸し蒸しとする。

 戸口へ立つと、さらに生温かい熱気が押し寄せてくる。俺は奥まで入らず、その場で座り込んだ。首筋や腕の裏に風が当たる。

 真田は誰よりも先に来ていた。袴姿で、ゆっくりとした素振りを行っている。

竹刀が尻へ触れそうなほど腕を上げ、床に当たる擦れ擦れまでおろす。決して早い動作ではないが、ぶれがなく、空を切る音が聴こえそうだ。

俺は片膝を立てて見つめた。また、妙な錯覚にとらわれる。こうしているのが初めてではないような、漲る瞳を自分へ向かせたくて、仕方ないような。しかしはっきりとせず、咄嗟に自分の頬をつねった。

 徐々に部員が集まりだし、男子は道場の隅で着替え、軽い柔軟体操の後、それぞれ竹刀を握り始める。真田もまだ、腰を落とすなどして振っていたが、練習メニューがあるらしく、号令を合図に中断した。

 三十分ほど経ったかもしれない。真田が俺に気づいたのは、面付けのため集中を解いたときだった。小走りで寄ってくる。

「入部されるつもりはないと、仰っておりませなんだか」

 俺は立ち上がり、壁へもたれながら言う。

Yes. どうにも型にハマったことが嫌いでね」

「しかし、剣道は肉体のみならず作法を修める精神の稽古」

 真田の視線は足元に置いてあった蒼い袋へ注がれた。

「あのように本能のまま為合うものではありませぬ」

 うつむきがちな顔から汗の滴がいくつも床板へ落ち、水たまりができそうだ。何故、目を見て話さないのか。

俺は鼻で笑って切り捨てる。

「それを望んでる」

 きっと、本心ではアンタも。

「だから、尚更入部はやめとくぜ。ただ、こうして毎日でも居座ってやる。気が向いたら言うんだな」

 再びしゃがみ込み、あぐらをかく。真田はしばし惚けたように立ち尽くした。動いたと思えば、「変わった御方でござる」と呟く。どっちが。「さっさと練習に戻れ」と返すと、一礼して踵をめぐらす。

 俺は、部活動の時間が終わるまで、待ち続けた。












  2010/6/20 発行