リア充はリア充って単語さえ勘違いしているよね ファミレス編











 
 三成は不機嫌だった。鼻粱まで垂らした前髪の奥で、同じ銀色の眉が寄ったきりだ。

 隣では幸村が、しかめ面になるのをおさえようと無理に表情を引き締めている。こちらはおそらく空腹のせいだと三成は察した。もともと他人に対する興味の薄い彼が相手を読むのは、それなりにこころを許しているということでもある。

 だが悠然と前を歩く黒髪のふたりにはますます睨みが強くなる。

 ひとりは、短い毛を整髪剤で逆立てた腐れ縁の幼なじみで、反りが合わない徳川家康。もう片方は、眼帯で右目を覆い、長めの髪を後ろで結っていて、大学生活で出会ったのだが軽薄かつ横柄な態度がまったく気に入らない男だ。

 今日の講義が終わり、同じゼミ室から出た幸村に食事へ誘われた。よくあることなので許可したのだが、運が悪かった。ちょうど、隣の部屋から出てきたいけ好かないふたりに会話を聞かれていたらしい。

「なんだ、お前たちもこれから食べに行くのか?」と家康はひと懐こい笑みで言い、その肩に肘をのせて眼帯の男、伊達政宗は鼻先を上げた。

「だったら、一緒に行かねーか。家康がファミレスのCoupon持ってる」と、なぜか政宗のほうが得意げに口の端をゆるめた。

 三成は誰にでも堂々と振る舞うふたりが不遜に見えて、普段から苛立たしさをおぼえていた。そんな輩と同席などまっぴらだ。しかし幸村が気にした様子もなく是非と答えてしまった。

「私を裏切るのか真田」

「貴殿も共でござれば、なにゆえ裏切りとなるのか」

 大真面目な瞳で射ぬかれ、ここで去れば、まるで敵前で逃げだす卑怯者のような錯覚がし、三成はしぶしぶ歩を進めた。そもそも、複数の他人と行動することが苦手なのだった。




 幸村と三成は同じゼミ生だ。しかし三成はあまり他人とかかわりを持とうとしない。教室に入ると誰からも離れた席へ座り、無言で本を読みだすのが常だった。

 それを、入学からひと月経ったかというころに、幸村が見咎めた。

「貴殿はいつもなんの本をお読みなのか」

 腹では「話すのが苦手な御方なのだろう。けれど放ってはおけない」という思いがあった。幸村にとっては同情というより、理由のない義務感だ。

 しかし三成は読み取ったように「邪魔をするな」と一蹴した。昔から幼なじみの似たような節介を受けていたため、余計な感傷をいだかれると、わずらわしくて不愉快だった。偽善者め、と疑いたくなる。

 幸村は「失礼いたした」と言って、そのときは立ち去った。だが、ほかの講義が重なるたび、また毎週ゼミのはじめに、まるで挑むように声をかけ続ける。うるさいと断っても、あきらめませぬお館様あああ! とまったく三成の言葉など耳に入れない。

 家康もひとに対してわけ隔てないが、幸村はまたすこし違った。たとえば家康はそのまま隣に座り込む器用さがあるけれど、幸村は玄関先で扉を叩くようにいまだ三成の反応ばかりうかがっている。

 だからなのか、その扉は完全にひらかなくとも、三成はただ追い返すだけではなく、徐々に言葉へ答えるようになった。本の中身を問われれば説明してやったし、好きな作家を紹介しろと言われれば良書を薦めた。

 幸村は曲がりどころのない実直な性格で、自ら図書館で借りて読み、細かに感想を告げてきた。口先で距離を縮めるだけなら、そこまで時間は割かないだろう。なかなか芯が通っていて、悪い奴ではないらしい。焦げた色の長い後ろ髪をひとつに括り、やや尻の上がった大きな両眼の顔は、たしかに三成の頭へ残っていった。

 けれど幸村は、三成だけが親しい仲ではない。入学して三ヶ月ほど経ったころ、友人の前田慶次とゼミ室へ入った。話が弾み、講義の直前までしゃべり、慶次は出て行ったのだが、そのときはじめて三成から幸村の席へやって来た。

「貴様、なぜ奴と会話を続けた。いつもまず私に声をかけるではないか!」

 机を叩いて怒鳴った。銀髪の奥でひそめられた眉間に驚いたのは、責められた幸村であるし、ほかのゼミ生は、ふだん寡黙な男が感情をむき出しにしているので、息を呑んだ。三成自身もすぐに失態だと我に返り、答えも待たず舌打ちし、背を向けて自席へ戻った。

 ゼミの終わりに幸村が食事の誘いを持ちかけ、それまでなら拒絶していただろうに、応じるようになったのもこの日である。




 三成は、やはり釈然としない。政宗はどうやら幸村と古い知り合いらしく、特別親しくない己へ対しても馴れ馴れしい。黄色いパーカー姿の幼なじみと並んで歩いているが、そのわずか先を進んでいた。なのに、自然な会話がなされるのは、家康が彼の態度に慣れているからだろう。まったくその柔軟さは羨ましくないし、いらいらする。

 辿り着いたファミリーレストランを指差して、「入るぞ」という政宗の些細な確認も、三成にとっては「なぜ貴様が先陣をきるのだ」と咬みつきたくなる。幸村は小難しい表情を途端に晴れさせて「いざ!」と拳をにぎり、家康が振り返って「ワシも腹へったな」と笑んでいる。大学に近く、よく利用している店だ。

 ウエイトレスから席を問われ、四人の喫煙席と答えた。先んじて応じたのは家康である。

「貴様、煙草など吸うのか」

 三成が目を見ひらく。長い付き合い上で知らなかったし、健康を害するものへ手を出しそうもない男だ。

 家康はさらりと言う。

「独眼竜がな」

 幸村が、未成年の喫煙などなりませんぞ! と叫ぶので、あわてて政宗に口を押さえつけられた。ウエイトレスの案内に続きテーブルの横へ着くと、家康が手で示す。

「好きなところに座ってくれ」

 政宗が遠慮もなく一番奥へ進み、幸村がまったく座る気配のない三成の様子をちらりとうかがって、「先に失礼いたす」とその正面へ腰かけた。空いているのは通路側の二席だ。

 政宗が隣の椅子をわずかに引いて、黄色いパーカーの黒い短髪を左目で促す。

「ああ、すまない」

 残された三成は、棒立ちで席を睨んでいた。よりにもよって、家康と向き合わねばならないのだ。いや、政宗だとしても不快にかわりないので、やはり来るべきではなかった。

「あの」

 幸村が呟く。凛々しい眉がいささか不安そうだ。

「某の隣は嫌だろう」

 か、という声に重ねて、銀髪は座った。

「貴様が嫌ならそもそも食事など許可しない。愚問を口にするな」

 それを受けて家康がほほ笑み、政宗は隻眼をすがめる。だが言わんとしていることを唇から出さなかった。

 見計らったように、ウエイトレスは水入りのグラスを並べる。メニュー表を差し出され、家康がひとつひらいて政宗とのぞき込む。彼の前に、しっかりと灰皿を置いてやっている。

 相変わらず媚を売るのがうまいな、と三成は睨みながら複雑だった。横の眼帯男がまるで当然のように煙草を取り出し、互いに言葉はいらない雰囲気だ。家康のいっぽう的な気遣いには見えない。

 しばらくメニューを眺めていたが、政宗は言う。

「そそられねえな」

「はは、お前がファミレスでもかまわないと言ったんだぞ」

「アンタが安くしたいっつったんだ」

「じゃあ、いつものでいいな」

 家康が問うと、紫煙を吐いてYesと答える。三成は呆然としていた。ふと、隣の席を見やる。焦げた色の髪は、料理の写真を凝視している。

 気の通じる仲というのは、目の前のようなものなのだろうか。いや、幸村をそうと認めるには、素直に頷けない。けれども、自分以外を優先する彼などやはり許せないし、そんな絆を家康が持っていて、己が持っていないというのは勘に障る。

「真田」

「はい」

「いつものだ」

 なん度か食べに行っているのだから、わかるはずだ。三成に言われて、幸村は承知いたした! と吠える。

「決まったんだな?」

 政宗はブザーで店員を呼んだ。駆けつけたウエイトレスに、家康が注文する。

「海老フライ和膳と、サーロインステーキセットで」

 目配せされた幸村も読み上げる。

「デミグラスソースオムライスと、ハンバーグと、このグラタンを」

「……」

「……三成殿のご注文は?」

 三成は押し黙っている。てっきり幸村が代わって言うものだと信じていたからだ。まさか、「いつものだ」が「迷うならいつも注文するメニューにしたらどうだ」と解釈されるとは思わなかった。

 気づいたゆえなのか、額面通りなのか、政宗が失笑する。

「真田幸村、アンタのMenuはまるでお子様ランチをそのままでかくしたみたいだな」

「い、一品ではたらぬので」

「そういう意味でもないんだが」

 家康が横から困ったように言う。三成はもやもやとしたまま静かに五穀雑炊を指差した。少食なので濃い味も、量の多いものも好かないのだ。幸村とはまったく正反対だった。

 オーダーが終わり、みなでわずかに息をつく。家康はふと、隣へ目をとめた。

「独眼竜の指は相変わらず長いな」

 煙草をはさむそれはふしが筋張り、骨の形に肉づいて綺麗だった。政宗は空いているほうの手を家康へ伸ばす。握って、ひらいて、と繰り返してみせる。指のあいだがよく広がるので、大きく感じられる。そして彼の手をとった。

「アンタも俺よりずいぶん立派じゃねえか。ボロボロなのがいただけねえが」

 てのひらを向けさせて、重ね合わせた。日ごろ、サークル活動でボクシングをしているため家康はバンテージを巻いている。はじめたてのころ中骨にひびが入ったこともあるし、政宗よりも太い筋はがっしりとしながら痛々しい。

 指を絡められて、家康は軽くわらう。

「お前と比べられると、なんとなく居たたまれない」

「Ha! 言ってるだけだろ。俺はサンドバッグを殴る趣味がねえからな」

「そうだな」

 フフ、とこぼした家康に、政宗が手を重ねたまま、煙草の灰を皿へ落とした。てのひら同士を合わせて、まじまじと眺めだす。

 三成は、切れ長の目で凝視していた。ふたりのすさぶ様子に、視線が釘づけにされてしまう。これもまた家康の持つ絆への嫉妬だろうか。ちらりと隣をうかがった。幸村はいつも、無愛想な自分といてなにが楽しいのだろう。言葉は交わすけれど、ふれたことなどない。

 ふと、三成は身をかたくした。幸村が、黒味の強い双眸でこちらを見ていた。

「三成殿、前髪がすこしまつ毛にかかっておりまする」

 目元のわずか下のほうに、彼の指先がかすめる。撫でるような感触に、息がつまる。どっと胸を殴られた気がした。

「貴、様こそ」

 吐き出したが、とっさで、深く考えていなかった。

「無駄に長い後ろ髪が目障りだっ!」

「なっ」

 幸村が手を引っ込め、眉をいからせた。

「これは、某が剣の道にて日ノ本一となるまで切らぬ覚悟の証でござる。決して無駄ではない!」

「黙れ!」

 よぎったのは、そんな台詞ではなかったのだ。他人とふれる機会が滅多にないので驚いたし、温度さえわからなかったけれど、ただ漠然と接してきた相手が、現実に存在して、意思をもって動いていることを実感したとでも言い表せばいいのだろうか。なのに、オーダーのときに続いて、己の動揺を察する気配もない幸村がもどかしい。怒鳴るのをやめられない。

 三成の反応を、じっと眺めていたのは正面の黒髪たちである。

「ウブか?」

 政宗の問いに、家康は苦笑する。

「不器用なんだ」

 その会話は、いまだ言い争うふたりに届いてはいない。

 しばらくして料理が運ばれてきた。四人がけのテーブルからはみ出さんばかりの皿が並ぶ。家康は定食風であるし、政宗はステーキにスープとライス、サラダもついている。いちばん注文数の多い幸村などすべてが大皿なのだ。

 まずは政宗がナイフで肉を切りはじめ、家康と幸村のふたりは律儀に手を合わせる。三成も蓮華で雑炊をすくい、静かに食べだした。

「うん、腹がへってるせいか、うまい」

 味噌汁と白米をつつきながら家康が言い、政宗は舌に残る牛の脂とにおいに呻く。

「ちっとCheapだがな」

「お前は舌が肥えているからなあ」

 ははは、とわらい、海老フライにそえられたキャベツの千切りを頬張る。その滓が唇についている。

「You idiot.」

 罵る響きではなく、囁くように言った。政宗が、薄緑色の端くれをつまみ、捨てるでもなく自分の口へと運んでしまう。唇にふれられた家康自身も「ああ、すまない」と答えて平然と許した。

 三成はやわらかい粥をすすりながら、眉間にしわを浮かべる。なぜだろうか、ふたりのやりとりを眺めると、得体の知れない苛立ちが増すのだ。もともといけ好かない組み合わせだからなのか。

 そして、やはりそのあと幸村へ意識が向く。横目で見れば、大きな口をあけてオムライスを食らっている。三成は考えた。家康が政宗を気遣っているのは明白だし、いまの行動が政宗なりの家康へそそぐ配慮なら、なるほど確かに絆なのだろう。つまり、幸村ばかりに期待するのではなく、己から働きかけて、それを承服されれば、同じことではないか。

 彼の唇は、デミグラスソースで濡れ、べとべとだ。三成は、すこし腕を伸ばして紙のフキンをとる。咀嚼のころ合いを計って、押しつけた。

「真田」

「むおっ」

 幸村は力強く口周りをこすられる。乾いた紙の感触が痛いくらいだ。なにを、と言おうとするのを、三成は察して先んじる。

「もっと行儀よく食え」

「申し訳ござらぬ」

 おとなしくスプーンをとめ、拭かれている。内心で、三成からなにかしらの意思を示してくれたのは、あの日に怒鳴られた以来ではないかと、幸村はぼんやり思う。それは、きちんと彼の目に自分が入っているということで、よろこばしい限りだ。

 政宗と家康はそれぞれに食事を続けながら言う。

「Loverっていうより、兄弟か」

「うーん、そんなつもりもないんだろうがな」









  2011/6/23

 政家と三幸がセットだとちょう可愛いっすっていう布教話