うつつも夢の泡











 
 敷布の上で横たわり、黒々とした天井を仰ぎ見る。木目の模様もわからない。このまま眠れば同じように右も左も読めない薄暗い水底の夢へおちるのかもしれなかった。

 幸村が首を横へ向けると、月あかりに照らされた庭があった。青く浮かぶ風景に、木々が静かな影となって黙している。葉や岩の裏に誰かひそんではいないかと妙な不安にかられた。

 全身から汗がふき出していて、力が入らない。両脚を立ててひらいたまま、呼吸を整える。股のあいだで共に息をあららげる男が、顔が見えないのは好かないと言い、あけ放たれた座敷で肌を暴かれた。離れの屋とはいえ城内だった。他人に漏れ聞こえていたらと思うと空おそろしい。けれど、なかなか興をいだかない淡白な相手が、顔を見て、真田幸村であると踏まえて高まりたいというのだから拒めなかった。なにしろ彼とはじめての伽でもないのだ。

 生白い筋肉は鍛え上げた幸村の腿や腹よりよほど細く骨張ってうかがえる。身丈は彼のほうが高く、痩せた腕のどこに流れる血の力か、いつも幸村を組み伏せるには充分だったが、従わずにあらがえば敵いもするだろう。ただ普段ほかのなにか、たとえばかつての主君や朋友への復讐にこころを燃やす男が、ひとときでも己へ熱をそそぐことは貴重なものだと、他者の機微にうとい幸村でもわかった。武田の名をおとしめ、親しみのあった忍びからも辣を増し諭されるような軟弱である自分が、その時間に救いを見いだしていることもだった。

 鼻梁までのびた銀髪の西軍総大将は、入軍前の想像からはなれた男だ。総大将の名を冠しながら、まったく荷を背負っている様子はない。主君をおもい忠義にあつく、融通がきかないといえば自分と似ているような気さえしていたのに、彼のうつろは未来の重さではなく、過去への執着だった。幸村が汲みとれたのは渦巻く憎しみよりも、なぜ主君の死に間に合わなかったのかと彼が彼自身をなじる後悔だけだ。

 幸村は湿った敷布に四肢を投げ出し惚けたままだった。わずかでも似た痛みのある相手に認められたという安堵なのだろうか。だが豊臣亡きあとの石田軍が瓦解せず強大さを誇るのは、やはり三成にそれだけの力と彼を信ずる者があるからだろう。自分など及ばない。

「なにを考えている」

 低くかすれた声で問われる。熱の逃げかけた鋭眼が見下ろしている。

「いえ、月が明るく」

 幸村はすこしためらってから答える。視線は合わせられず、額に手の甲をあてる。ため息のようにつぶやく。

「今さらながら貴殿の目にさらされている羞恥をおぼえた」

 立てた片膝に腕をのせて寛いでいた三成は吐き捨てる。いくら身体を繋げたとて、と。

「貴様の考えていることは、わからん」

 薄闇を震わせ幸村の鼓膜まで届く。

「某こそ」と続けたいのに、咽喉でつかえてしまう。貴殿がわからない。だからといって言葉で告げられたとしても、まだ主君も存命し裏切りの傷もしらず、彼を受けとめるほどの器さえないのだと目のあたりにするのが怖い。

 返されぬ様子に三成は舌打ちし、身体の向きを変え、幸村の脚のあいだから手をのばす。五指でぐっとその腹筋を押した。

 幸村は息をのむ。秘所の肉がひらき、筒から漏れた空気が粘液を巻きこみ、湿った音が響いた。羞恥で頬が焼けていくような錯覚におそわれる。力をこめたが、臀部の狭間まで濡れた感触がつたう。

 三成はふん、とかすかな笑みを漏らした。彼にしてはとても珍しい。

「こぼすな」

 冷えた熱のしずくを一本の指先ですくう。そっと撫でられ、幸村はこわばりを強くした。彼の所作は伽の最中も乱暴なのだ。それが信じられないほどの丁寧な仕草だった。濡れた道をたどって粒を戻すように閉ざしたしわの上で指先はとまり、挿しこまれることもなく蓋をされる。

 幸村は秘所を引き締め指の腹を吸い上げた。三成が手をはなし、おもむろに上体を屈める。仰臥する鼻先と触れ合わんばかりに銀髪が近づく。闇の中でも澄んだ瞳の鋭眼が繰り返し言い放つ。幸村には唇の動きがひどくゆっくりに見えた。

「こぼすな」

 三成の考えることこそよくわからない。ただ彼が激情にかられやすく、咽喉を裂かんばかりに怒鳴り叫ぶ姿は知っている。だからこうして静かにささやき、与える言葉には意味があるに違いない。うぬぼれに溺れきる手前で器の深さがなくとも受け入れている気になるのは彼へこたえたいからか、すこしでもむくわれたい己の弱さか。

 幸村は肉筒の名残をあふれさせぬよう下半身を張って瞼を閉じた。三成は音をたてず遠ざかる。情事のさなかも後も唇が重なったことはなかった。だが、すがりつくまい。眠りがくれば暗い底へおちていく。たったひとり身動きのできない水に圧され、口をひらけば泡となってのぼってゆく声は夢の中、いったいどこへたどり着いているのだろう。

 目覚めたとき、まるですべての努力が無駄であるかのように彼の指先に塞がれていた場所は白く泣いたあとだった。











  2011/8/29